アルバート・J. ルービン『ゴッホ – この世の旅人』

心理学者が、多角的な観点からゴッホの人物像に迫った良書。

「好きな画家を三人挙げてください」と言われたら、まずゴッホの名を挙げるほど、ゴッホの絵、ゴッホという人間が好きだ。どことなく自分とオーバーラップするような気がして。

ゴッホ―この世の旅人 (講談社学術文庫)

ゴッホ―この世の旅人 (講談社学術文庫)

著者は、両親や兄弟との関係・生い立ち・鬱病・オランダ人気質・信仰・旅・恋愛など、様々な観点から多角的にゴッホという人間について考察しており、一般的にゴッホを説明するときに使われるような「狂気の天才」という見方ではなく、ごくありふれた一人の人間としてゴッホを見つめている点に共感がもてる。

兄の死に悲しむ母を見、「母は兄を愛しているが、自分は愛されていない」と感じながら育ったゴッホは、孤独で、自虐的な性格になっていった。他人と関わりたいと強く思ってはいるが、他人と関わることを極端に恐れ、コミュニケーションを円滑にとることができなかった。いわば「ハリネズミのジレンマ」である。その孤独感を埋めるものが信仰であり、芸術であった。ゴッホは、孤独感を埋めるために絵を描き続けたのである。だから、他人から自分の絵画を少しでも評価されると、恐ろしくてたまらなかったのだ。コミュニケーションを避けるために行っていたことが、コミュニケーションの糸口になってしまうのだから。彼自身それを望んではいたが、やはり恐怖のほうが大きかったようだ。彼は自分を偉大な人間であると信じており、自分の絵画が後世の人々に評価されることを信じ切っていたようだ。つまり、彼が生きている時代の人々ではなく、彼の死後の時代に生きる人々に向けて、未来へ向かって絵を描いていた。

孤独な人間は、世俗に背を向け、自然を崇拝するようになる。ゴッホもその一人であった。彼は自然の風景に人間そのものを見いだし、描いた。「悲しみ」という感情をなによりも大事にした。自らを悲しみの中に投じた。進んで悲しみの中に住む人たちと関わった。

有名な耳を切り落とすという事件を、聖書の物語を再現したものであるとする著者の見方は斬新で、非常に興味深い。著者の説によれば、ゴッホは自身とキリストを同一視していたようだ。また、耳は性器のシンボルであり、耳を切り落とすという行為は、ある意味で去勢を指すことになるという。それは、当時共同生活を送っていたゴーギャンに対する同性愛に罪の意識を感じたからであると論じられている。心理学的見地ならではシンボリックな考察だろう。まるで夢分析のようで大変おもしろい。

彼の人生には、母に愛されなかったという思いが最後まで影を落としていた。神経症が悪化していた彼にとって、自殺行為は決してネガティブなものではなく神の国へいたる道だったのかも知れない。キリストの磔刑を象徴するように、神話的な死を求めたのである。

目に見えるものへの類い希な観察力、目に見えない事に対する鋭い洞察力を兼ね備えた人間、それがゴッホだったのだと感じた。「見る」という行為を極限まで行い、反転しちゃった感じだね。偏屈なようでいて、本質的にはどこまでも正直な人間だったのではないだろうか。

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