『オナニーマスター黒沢』読了
毎回更新を楽しみにしていた、マンガ版『オナニーマスター黒沢』がついに完結した。感無量です!まだ見てない人はすぐに見るべし!
最初読み始めたときは「このストーリーどうなっていくの?!」とどんどん引き込まれ、後半のさわやかな展開にやられました。笑いあり涙ありで飽きさせない。まあ後半のさわやかぶりがやりすぎな気もしますが。人ってそんなにコロっと変われるものか?!
思春期ならではのえも言われぬ感覚を思い出させる作品でしたねー。漠然とした虚無感といらだち、他人への恐怖と自意識の閉塞。そして、そこから一歩踏み出したときに見えた風景。このコントラストがよく描写されていたと思います。
思えば学校の教室って不思議な空間だよなあと思う。特に公立校は、たまたま同じ学区に住んでいる同年齢の子供が一つの箱に収容されるという。
私立校、大学や会社だったらそれなりに目的意識・指向性・価値観の統一感というか利害の一致があるし、年齢にもばらつきがあるが。
そう考えると、もう中学の教室のような空間にいるということはこの先ないんだなーと思います。
だから何?っていう。文章にまとまりがない・・・。読了後の感想としては、上記のようなイメージが想起されました。っていうことなんだけど。
そういえば、今年もはや四月。社会人二年生になりました。大学という空間から会社という空間に移動し、実家から独立し、と去年はいろんな意味で転換期だったように思います。ようやくその生活にも慣れてきたかなーという感じです。それはマンネリということではなく。少し心にゆとりができてきたかなーということですね。
中二病なんて言葉があるくらいで、誰しも14、5歳くらいの頃は、うまくコントロールできない心が暴発してしまい、他人や自分を傷つけたことがあると思います。黒沢はその罪悪感から解放されるために償いをした訳ですが、わたしたちははたしてどうかな?あの頃行った罪の償いはできましたか?
黒沢のように勇敢で正しい選択ができるのは、本当にひとにぎりだよねー。大人になってしまったら、償いたくても手遅れになってしまいます。大半の人は、そういう人にいえない罪悪感をごまかしごまかし生活しているんじゃないでしょうか。っていう妄想。おれだけか。いまだにぼくのドアは開いていないのかもしれない。中二から進歩してない?!





