和田守弘展に行ってきたよ

去る1月17日、神奈川県民ホールギャラリーで開催されていた「和田守弘展」に行ってきました。

和田守弘氏は、日本におけるビデオアートやインスタレーションの先駆け的存在で、2006年に60歳の若さで亡くなったアーティストです。

和田守弘氏と私の出会いは高校時代にさかのぼります。私は高校のときの芸術選択科目で美術を選択していたのですが、その時の先生が和田守弘先生でした。

彼が世界的に著名なアーティストであるということを知ったのは、高校卒業後のことでした。

高校での彼の授業はとてもユニークで、私はとても好きでした。近所にある山にいって写生をしたり、油絵で自画像を描いたりした覚えがあります。

彼は生徒に押し付けがましい芸術論を語らず、それでいて非常に哲学的な含蓄に富んだ内容の授業を行う先生でした。当時ニーチェやフッサール、ヴィトゲンシュタインなどの現代思想家に傾倒していた私だったので、なんとなく彼にはシンパシーを感じていたものです。ですが、だんだん先生がやすみがちになりました。美術の時間が自習になるたびに、「ラッキー!」程度にしか思っていませんでしたが、今回の展覧会に展示された年譜によると、当時彼は鬱病で入院していたということがわかり、複雑な心境になりました。

一昨年、和田守弘氏が亡くなった、ということを風の噂で知りました。それまで私は彼の作品を見たことがなかったので、機会さえあればぜひ見てみたいと思っていました。それがついに実現したので、早速足を運んできました。

「表基体」と名付けられたインスタレーションのシリーズが印象的だった。銅板や真鍮製の板をエッチングで光沢を出したり、薬品で酸化させたり、岩絵の具を塗ったりと、いろいろな素材を用いて制作されていました。湖や海や池など、「水」をモチーフにした作品が多かったように思います。

一方、ビデオアートも上映されていました。難解なものが多かった。和田氏は気難しい性格だったのではないかと、容易に想像できる。難解ではあったが、直感的に美しく感じられる作品が多く、特に岩絵の具の青色を使っている作品が美しいと感じた。

「表現とは何か?」無骨なまでに芸術に対してまっすぐで、嘘のない人生を歩んだ人なのではないかな、と作品から感じました。非常に純粋で繊細な人物像をかいま見ることができました。芸術に奉仕する者は、命の灯火をより強く燃やす必要があるのだな、と思った。無目的に何となく生きているよりはよっぽど素晴らしい人生だと思います。

そういえば昨年のトリエンナーレには結局いけなかったが、どうだったのでしょうか。


“現代美術の教科書” (美術出版社)

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