「アウトレイジ」と鬱の時代

去る7月1日は毎月映画が安くなる日だったので、ワーナーマイカルシネマズみなとみらいに北野武監督の「アウトレイジ」を鑑賞しに行ってきました。

結論から申し上げますと、ハードボイルドなバイオレンス作品でありつつ、北野監督独特のお茶目要素が随所にちりばめられており、最初から最後まできっちり楽しめるエンターテインメント作品でした。今年の松菌映画大賞邦画部門にノミネート!

あまり内容に触れてもネタバレになってしまって面白くないので、私の視点でちょっと感じたことを書いておきます。

「アウトレイジ」の鑑賞中、鑑賞後にずっと感じていたのは、「時代を浮き彫り」にしている感覚。従来の北野作品だと、主演のたけしが格好良く散っていく、日本的「有終の美」みたいなパターンが多かったのだが、今回のたけしはあまり格好いい散り方じゃなかった。これが、時代が着実に変化していることを如実に象徴しているようだった。

こういう時代観は、五木寛之氏が以前から著書で幾度となく述べている時代観に通じるものがあると感じた。五木氏は香山リカ氏との共著『鬱の力』で、—これまでは、あらゆる分野で「躁の時代」であった。国家総動員の世界大戦、戦後のバブル経済、ベビーブーム、大量生産・大量消費、統合失調症。しかし現代は、テロ・ゲリラ戦中心の民族紛争、バブル崩壊後の世界不況、少子高齢化、エコロジー、鬱病、へシフトしている—というようなことを述べていた。

このように、時代は躁(=エネルギーを拡散する)から鬱(=エネルギーを凝縮する)へ変化し、さらに鬱の方向に向かっている、というのは誰の目から見ても明らかではないだろうか。それは社会、経済、人の心など、あらゆる分野に共通して起こっている現象である。

「それは任侠の世界でも例外ではないよ」というのが、この「アウトレイジ」だった気がする。従来の任侠の世界とは、兄弟の杯を交わし、敵地に乗り込み派手な銃撃戦で戦争するという躁の世界であった。しかし現在は、兄弟であるはずの二次・三次団体同士につぶし合いをさせてコントロールする、「誰が敵なのか分からない戦争(=鬱)」の時代に入っている、というのを象徴的に描いている印象を受けた。従来の、すぐ拳銃を抜くような体育会系ヤクザは淘汰され、よりスマートにしのぐことのできる草食系ヤクザがのし上がっていく。従来の年功序列制が破綻し、より独創性のあるベンチャー世代が大金を稼ぐというビジネス世界の図式がそのまま当てはまっている。現代のヤクザ社会が実際どうなっているかは私の知るところではないが。

「アウトレイジ」は、バイオレンスや人間ドラマだけで十分楽しい作品であるが、この現代そのものを象徴しているかのストーリー・設定が非常に魅力的な作品だと思いました。音楽もすごく良かったです。「邦画はちょっと…」という方にもぜひ見ていただきたい作品です。

龍が如く4 伝説を継ぐもの

鬱の力 (幻冬舎新書)

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