靜村書き初め会 2011

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2011年1月10日、毎年恒例の靜村書き初め会を今年も行いました。

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冬の森もまた一興。

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まずは小生から今年の抱負を書かせていただきました。「平等性智」説明は長くなってしまうので最後に書きます。興味のある方は読んでいただけますと幸いです。

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lumoさん「一番」

書き初めにふさわしい、ストレートな抱負でした。小生に限っていえば、年々競争や摩擦を避ける傾向にあったので、この言葉には目が覚める思いでした。ありがとうございました。

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今回初参加していただいたシャトー大城さんの作品「知らぬが仏(フランス)」

幼少の頃から、仏がフランスを意味することに不思議な印象を受けておりましたが、そういった違和感を絶妙に抱き込みつつもシャトーさんならではのトーンでまとめたハイセンスな作品でした。ありがとうございました。

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SHINOさんの作品「脳内進何」

毎回、今までに見たことのない文字列を生み出しているSHINOさんですが、今回も斬新な作品となりました。意味は、「脳内をなんか進む」ということでした。まさにdrive8rain。ありがとうございました。

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DJ YuDAIさんの作品「Dj殺るときは素面」

DJ中に痛い思いをしてしまった経験をお持ちの方なら、思わずうなずきたくなる切実な作品でした。前年の「ミラクル」とは対照的に具体的な内容の抱負となりました。ありがとうございました。

と、皆さんの作品が出そろい、「帰りましょうか」というムードになっているにもかかわらず、未だ姿を見せない人物がいました。いわずとしれた彼です。新年もまったく期待を裏切りません。

ほとんどの人が帰った中、ようやく到着。遅れること三時間以上。流石です。そして注目の抱負は・・・?!

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「遅刻無用」—完全に来るときに考えましたね。ありがとうございました。

というわけで、今年の書き初めも無事にでそろいました。寒い中参加して下さった皆さん、本当にありがとうございました。今年も多忙で参加できなかった津山総帥からは「休まない止まらない、急がない慌てない」という抱負をいただきました。ありがとうございました。

その他のお写真

小生の抱負「平等性智(びょうどうしょうち)」について

「平等性智」とは唯識の用語で、末那識が変化したものといわれています。末那識というのは簡単に言うと我執のことですが、意識的・潜在的な自我(エゴ)とともに、食欲・性欲・睡眠欲といった生理的欲求に起因する我執までも包括する根源的なものです。人間だけでなくその他の動植物にも見られる我執ではないでしょうか。

そういった我執はあって当然だし、なければ生きていけないと考えるのが我々凡夫なのですが、そういった我執がきれいさっぱりなくなった状態があり、それを「平等性智」と呼んだのが唯識の人々です。

凡夫から見ると理想論というかおとぎ話のような概念ですが、唯識では修行により末那識を平等性智に変化させることができると説いています。それは決して自他の区別ができないパラノイア的な状態のことではないし、一切が空しいというニヒリズム(悪取空)ともまた違い、非常に自由で伸びやかな境地なのではないかと想像します。「自分のため」と欲望に基づく行為もとらないし、「他人のため」と善意を押しつけることもなく、当然、行き過ぎた自己犠牲や苦行などもない。非常にナチュラルに宇宙とシンクロしている心の状態ではないかと思います。

雲をつかむような話ですが、こういった心に少しでも近づきたいという思いで、今年の抱負としました。合掌。

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